フランス人監督が追う肥田舜太郎医師96歳最後の闘い

 

肥田舜太郎医師のことを話す時、誰もが「肥田先生」と親しみと尊敬を込めて呼びます。
肥田先生は原爆投下の1945年8月6日以来、若い軍医としてずっと広島で被爆者の治療にあたりました。そのうち、この日広島にいなくて爆撃を直接身に受けなかった人々が、後になって突然発病し、被爆者と同じ症状を示して死んで行くという例を数多く目撃しました。それが内部被曝によるものであることを突きとめた先生は、それまで知られなかった内部被曝というものの脅威を世界に向けて訴え続けてきました。

 

 


 

科学を名乗った最も権威のある集団が嘘をついている

 

カメラは、原発事故の被災者が暮らす福島県いわき市へと赴く先生を映し出します。先生には戦後65年にわたり広島・長崎の生存者を診療し続けてきたという治療体験があります。内部被曝の危険性は、核所有国の政府当局者たちによって隠蔽されてきたのです。先生は最後の力を振り絞り、愚かな選択をし歴史から何も学ぼうとしない体制に向けて警鐘を鳴らし続けています。そして、日本に原爆を投下した米軍や、日本に民間用原子力産業を導入したアメリカに対して、ハッキリとノーと言います。先生が願ってやまない、平和で核のない新しい日本の到来に向けて・・・。本作は一人の被爆医師の執念とも言うべき言葉を追ったドキュメンタリーです。

 

 


 

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肥田舜太郎医師の言葉

 

「いわゆる放射線被害というものは、どんな形であれ二度とあってはいけない。どんな小さな規模と言って、専門家が安心だと言っても、全くの嘘ですから。放射線というものは人間の手にはおえない。」